d.M Lab Report 011-015

d.M Weekly Lab Report 015

メディテーションの客観性Ⅱ

Reporting Member

浅子雄一郎

概要

七沢研究所が開発したデジタル・メディテーション(d.M)は、日本古来の瞑想法を最新のデジタルテクノロジーによって進化させた、全く新しいメディテーションである。七沢研究所では、誰でも簡単に瞑想状態に入れる技術の開発を目指し、研究している。前回のレポートでは、認識における脳内の情報処理プロセスに着目しながら、客観性の獲得が認識にもたらす変化について考察、神経科学の実験データを交え、メディテーションが客観性を高める可能性について言及した。

今回は、d.Mにおいて客観性を高める要因となり得るものを抽出し、その根拠と有効性について考察する。

1. d.M.Wに参加するほど高まる客観性

d.M Workshop参加者のアンケートを分析すると、参加する回数が多いほど、参加者の客観性が高まる傾向が見られる。次に提示する分析結果は、d.M Workshopに2017年5月10日~2018年6月9日の期間に参加した、延べ1,514人のアンケートから得たものである。文章単位で3,490の感想を抽出し、49種類のカテゴリに振り分け、参加回数ごとにそれらの感想がどのように変化していくのかを動的に追った。

次のグラフは、カテゴリ内から、「(自分や雑念を)客観視できた」という感想の数を抽出したものである。

このグラフから、2回目の参加者においては微減しているものの、その後は参加回数が多くなるほど客観性が大幅に高まっていることがわかる。

また、それにより前回のレポートで触れた、認識の情報処理プロセスが含む「自動性」や「偏り」に対して、d.Mは介入可能であるという判断ができる。

〔回数分析による客観性の推移〕

2. 客観性を高める要因の考察

2.1. 客観の構図と階層性

次に、d.Mの実践中、またはd.Mを継続的におこなうことによる客観性の高まりの要因と考えられるものを、d.Mの形式から抽出して考察する。

「客観」とは、辞書によれば次のような意味である。

「客観」

1. 観察・認識などの精神活動の対象となるもの。かっかん。⇔主観。

2. 主観から独立して存在する外界の事物。客体。かっかん。⇔主観。

3. 当事者ではなく、第三者の立場から観察し、考えること。また、その考え。かっかん。

〔デジタル大辞泉〕(※1)

そもそも、「鎮魂石を見つめる」という行為は、対象(客体)である鎮魂石を見るという点で、鎮魂石を客観視することにつながる。このように「客観」とは、「対象」と「自己」という関係性があって、初めて成り立つものである。

七沢研究所では、自己と外の世界の関係性を下記のように明示しているが、ここに「客観性を上げる」ためのヒントがある。


〔五階層の構造〕(※2)

この表は、それぞれの階層の意識レベルにおける「私」と「他者」との関係性を示している。

第一階層の意識レベルでは、「私が私のみを認識している」状態であり、私の知覚する世界には、私以外は存在しない。

一方、「私が鎮魂石を見つめる」状態は、「私が他者を認識する」という意味で第二階層の意識レベルに分類される。ここでは、私は他者を一方的に認識するのみで、私が私自身を客観視するという意識はない。

しかし、d.Mによって「『私が鎮魂石を見ている』状態にあることを認識する私」という意識を獲得することで、「私」を第三者の立場から見るという、私と他者(鎮魂石)の関係性のなかで自己に対する客観視が起きる(第三階層)。

自己を客観視する視点は、「『鎮魂石を見ている私』を認識する私、を認識する私…」というように階層的に上がっていく。この客観的な視点が上がるほど、客観性の質も高まる。

d.Mを行うことは、いわば「客観の階層性」の獲得につながり、これによって、自己や自己との関係性で成り立っている世界を、より高い視点から俯瞰できるようになるものと考えられる。

(※1) 監修:松村明 編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文 編集協力:田中牧郎、曽根脩(C)Shogakukan Inc.
(※2) 七沢研究所アーカイブス 七沢研究所では基本的な研究アプローチとして、人間の意識をはじめ森羅万象を五階層に分類している。

2.2. 脱中心化

レポート002「d.Mとマインドフルネスの心理的メカニズムの比較1 開眼/閉眼」では、半眼で行うことの意味や効果について解説した。

開眼時、視覚から入る情報のために意識は外に向かい、閉眼するとそれがシャットアウトされる(※3)ことで、内へと向かう。人は悩んだり考えたりするとき、放っておけば通り過ぎる感情や出来事を、あえて自分の内でぐっと握りしめること(=中心化)をするが、目を閉じて意識が内に集中すると、この中心化が起きやすくなる。それに対し「半眼(※4)」の状態にあると、意識が内にも外にも偏らなくなり、中心化を回避(=脱中心化)できると考えられる。

外からの情報をシャットアウトしない「半眼」により、前述の「鎮魂石と自己の関係性」による客観を生みながら、このような中心化を回避する体験を繰り返すことで、自己と体験とを同一化させない、客観的な「一歩引いた」関わり方や関係性を養うと考えられ、それがそのまま、日常生活における外からの情報や自己との付き合い方にもつながる。d.Mによって獲得する客観性とは、メディテーションの最中だけではなく、日常生活に生かせるものだといえるだろう。

また、d.Mを実践する際の意識の向け方は、周辺視野で全体を捉えつつ、その空間の中にある鎮魂石を見るという形をとるが(図※5)、これを、「集中(フォーカスドアテンション)と分散(オープンモニター)を同時に行う境地」として説明した(レポート002)。

このように、視野を対象物に集中させるだけではなく、まんべんなく広げることで、同様に意識の脱中心化が図られる。前述と同様、d.M中にこの視野を養うことで、日常生活においても、より全体を捉えられるものの見方へと変化していくことが考えられる。

また、2.1 「客観の構図と階層性」における客観の階層性を、客観性の「縦軸(階層)」とし、集中と分散を同時に行う視野の取り方を客観性の「横軸(視野)」とするとき、d.Mは客観性の縦軸と横軸を同時共時に広げる(高める)ものとして、その有効性を分析することができる。

(※3) 五感のうち、視覚から得る情報は87%にのぼるといわれている。
(※4) 意識的に半眼にしようとするのではなく、後に解説する「集中と分散」をリラックスして行うとき、まぶたが自然と半眼になる位置に落ち着く形が理想である。
(※5) レポート003より。真ん中黒点の中心視野で鎮魂石をとらえ、その周りの周辺視野で鎮魂石の周りにも視野を分散させる。 (右図)

2.3. 記憶の想起を回避する

前回のレポートでは、脳の情報処理プロセスに注目することで、「認識の前提」について言及した。例として次の図(※6)では、実際には無いはずの三角形を「2つ」見ることができる。

この例から、私たちは実際の視覚情報だけではなく、脳内で自分の記憶や知識と合わせて外界を見ていることがわかる。このように、人は、対象の形や色を認知した途端に「記憶」の介入を受け、それを認識する。(※7)

この「認識の前提」という視座に立つと、形が丸く色の黒い鎮魂石によって、形や色を認知する瞬間の記憶の想起を極力回避することができると考えられる。

それは見るもの(脳内に映る像)と見られるもの(実像)が、限りなく近くなることを意味する。例えるならば、これは実像を映す湖面に波を立てないことであり、この点も、d.M中の客観性の質を支えることや、日常生活における自動的な記憶の発動をコントロールすること(例:外界を新鮮に捉えたり、常識や記憶からの決めつけではない細やかな共感等、物や人のありのままの本質を捉える客観性)に寄与するものと考えられる。

(※6) レポート007より。(右図)
(※7) 鎮魂石を何か別のものに見立てたり、考えを巡らせたりすることは、この「認識」の後に位置するプロセスであると考える。この点については、次回以降に取り上げる。

2.4. 抽象的な視点の獲得

最先端科学の量子物理学では、「ゼロ・ポイント・フィールド」という概念が存在する。「ゼロ」とは、根源的なものや原型を指し、仏教でいう「空」に相当するものである。また、「ゼロ」とは「何もない」のではなく、「すべての情報とエネルギーを内包する」ことを意味している。

七沢研究所では、鎮魂石が「ゼロポイント」を象徴し、d.Mでこれを見続けることによって、「ゼロ」の概念と脳(脳内の情報)の同調が起こる、という仮説を立てている。

七沢研究所の、イソノミヤ(※8)社会を創造する研究(※9)では、高度に発展した資本主義社会による支配や洗脳の構造を越える一助として、「すべての情報を網羅すること」を提示している。それによって、個別の思考から抽象度の高い思考へと移行するようになり、その結果、すべてを俯瞰する視点に立つ(※10)という論理であるが、すべての情報を含む象徴としての鎮魂石と同調することは、情報の網羅に寄与すると考えられ、結果的に、客観性の高い(俯瞰した、または脱支配を可能にする)視点を獲得することになるという、仮説の広がりも生まれる。

また、「五階層の構造」は、第三階層の意識レベルからその下の第一・第二階層が客観視できるように、階層が上がるごとに認識の範囲が広がることを示している。「五階層思考」では、それ以上の次元もまた第五階層に畳み込まれていると捉えるため、「第五階層」=「宇宙」というレベルに到達した場合、すべての情報を網羅し、俯瞰することが可能になるとしている。そして、d.Mによって客観視の階層が上がることで、この第五階層の意識につながると研究所では考えている。

この鎮魂石が有する象徴的意味と五階層の構造的な視点から、d.Mとは「すべての情報」にアクセスすることで、客観性の階層をダイレクトに第五階層まで引き上げる可能性を持つ稀有なプログラムとして、その特徴を捉えることができる。

(※8) かつてギリシャにあった無支配の社会「イソノミア」から、皆が自由で平等で、個性を最大限に活かし、自分の幸せと社会の幸せを同時に達成できる社会のこと。
(※9)「新社会創造論」(Isonomiya Lab Nanasawa Institute Inc.)
(※10)「網羅する過程で、思い込みによる誤りなどを修正することができる、つまり、主観を客観できる」のである。(白川学館入門講義集 「白川伯王家の神観・霊魂観」p193)「網羅されていない情報は、操作、支配、洗脳、幻想を生む。なぜなら、人間は情報が足りない部分を想像力によって補ったり、情報が足りていないことに気が付かない場合は、間違った推論を「真実」であると錯覚することが往々にしてあるからである。」(新社会創造論)

3. 体験談

▶ 鎮魂では何も考えられない状態になりました。自身を客観視することで、見えてきたことがありました。

▶ 雑念が浮かぶ自分自身を客観的に見ることができました。

▶ 思考が巡ったりしながらも、客観視できている体感を得ました。

▶ 鎮魂中に、鎮魂している自分を客観視している自分を体感した。

▶ はっきりとした感覚はないけれど、客観視することと階層を上げることが同じだという感じはした。

4. まとめ

客観性を高める要因という視点でd.Mの構成要素を詳細に観察すると、鎮魂石を見つめる構造や、視覚的な手順、鎮魂石そのものの特徴など、そのあらゆる要素の中に客観性を高める要因が畳み込まれていることが確認できる。また、このことは冒頭のd.M Workshopの参加回数が増すごとに客観性が高まるデータの一つの説明としても、関連づけることができる。

5. 次回のテーマ

次回は、メディテーションにおいて「客観」することに固執し、囚われてしまうといった事例を引用し、客観性にまつわる問題を提起。一般的なメディテーションとも比較しながら、d.Mのもたらす客観性についての、より深い洞察を試みる。

d.M Weekly Lab Report 014

メディテーションの客観性Ⅰ

Reporting Member

浅子雄一郎

概要

七沢研究所が開発したデジタル・メディテーション(d.M)は、日本古来の瞑想法を最新のデジタルテクノロジーによって進化させた、全く新しいメディテーションである。七沢研究所では、誰でも簡単に瞑想状態に入れる技術の開発を目指し、研究している。前回のレポートでは、メディテーションに影響を与える要素として、「集団」について考察した。

今回のテーマは、「客観」である。メディテーションが客観性を高めることについては、その達人の脳を調べると、客観性を生み出す部位が厚くなっているなど、様々な臨床データから明らかになっている。そこで今回は、d.Mにおいて客観性を高める要因や、それによってもたらされる客観性の意義を明確にすることを目的に、認識における情報処理のプロセスに着目しながら、客観性の獲得が認識にもたらす変化について考察する。

1 前提をはらむ認識

1.1 哲学における認識

ドイツの哲学者イマヌエル・カントは、彼の著書「純粋理性批判」の中で、人間に、主観から独立した「物自体」(Ding an sich)は認識できず、認識しうるのは「現象」(Erscheinung)のみであると考えた。さらに、その現象も主観から独立したものではなく、主観が有する先天的な認識形式(※1)によって構成されるものと考え、認識が主観から独立しているという、その絶対性を排除しようとした。

つまり、人の認識には「主観が有する先天的な認識形式」というフィルター、またはバイアス(偏り)がかかっており、認識対象そのものを純粋に捉えているのではない、という指摘である。

これは、認識をめぐる膨大な哲学史の一端でしかないが、現代の科学もまた、この「主観そのものが有する先天的な認識形式」にあたるものを明らかにしている。


(※1) 外界の物を知るには、感覚が受け取った情報と、その情報を処理する理性の働きが必要であるとした。とくに「空間」と「時間」という我々一人ひとりの理性に生得的に備わっている普遍的な形式を、理性が物を見る際の「直観の形式」(die Form der Anschaung)と呼んでいる。


1.2 脳科学における認識

通常、人は脳内の優先順位のもとに物を認識するための処理を行っている。その優先順位を司る部位を、網様体賦活系(RAS:Reticular Activating System:以下RAS)という。

そして、視界から入ってきた情報がRASによる優先順位のなかで振り分けられる際に、認識に「盲点(ブラインドスポット)」「錯視」「スコトーマ(心理的盲点・認知的盲点)」といった、認知的、または心理的な歪みが生じることがある。(※2)

このような脳内の情報処理プロセスのなかで発生する認識の歪みについては、Report006「d.Mにおける視野と作用メカニズム 2 」で紹介した通りである。

また、Report007では、脳内における視覚情報処理プロセスとして、実像(現実の存在)が視覚を通じて脳内で再構築され、さらに記憶等の虚像のデータが加わることで認識されるという、虚像に虚像を合わせて実像を捉える仕組みについても言及した。

つまり、人は外界を認識する際、人や物質そのものの完全な姿を捉えているのではなく、脳内で取捨選択し再構築した「自分の思考パターン、記憶、思い込み」のほうに偏った形で、認識していると言える。

カントの言葉を借りれば、人には「主観そのものが有する先天的な認識形式」、つまり認識そのものが偏りを含んでいるという前提が存在するのだ。

(※2)〔ブラインド・スポット(盲点)の例〕
一方の目を閉じ、片目だけで+印を見た時に、そのまま図に向かって顔を近づける。すると、図と目の距離がある一定の値に達したとき、見ている目と同じ側の黒点が見えなくなる。さらに、目の焦点を見えているもう一方の黒点に移すと、今度は+印が見えなくなる。(Report006より)

2 認識における問題と解決の対称性

2.1 認識の偏りと自動性

私たちの認識に一定のバイアスがかかっていることは、通常、問題にはならない。しかし、うつ病などの精神疾患時にはその偏りが極端になり、日常生活に支障をきたす場合がある。

例えば、自分の個別的な経験を、一般的な事例や法則へと置き換えてしまう「過度の一般化(※3)」や「根拠のない決めつけ」「0か100かという思考」「自己非難」などの極端に偏った思考(※4)によって、自己や周りに対して正常な認識ができず、その結果として、精神疾患につながるなどの問題が生じる。

精神疾患まで至らずとも、同じような認識の歪みは、私たちの中でしばしば自動的に起こる。例えば、「自動思考(※5)」である。

自動思考とは、その場の状況や相手などに応じて、ふと浮かんでくる言葉や思考のことで、過剰な自動思考による破滅的見解や論理的矛盾は、「認知(※6)の歪み」と呼ばれる。

そのほか、自動的(無意識)に過去を悔んだり、未来に不安を抱くようなネガティブな思考が止まらなくなる状態(※7)を、脳科学では、脳内のアイドリング状態として、「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」とよばれる神経回路の活動を用いて説明している。

デフォルト・モード・ネットワーク(以下DMN)とは、ワシントン大学のマーカス・レイクル教授が2001年に発表(※8)したものである。脳が意識的な活動をしていないときの、脳のデフォルト状態で活動する神経回路のことを指し、「心がさまよっているときに働く回路」ともいわれる。


〔DMNの脳領域〕(※9)

このDMNが脳活動の75%のエネルギーを費やしている(※10)という事実からも、普段、我々の精神的活動が、いかにこの自動的に動くDMNの影響を受けているかがわかる。

このように人は、認識が極端に偏る可能性を持ちながら、RASやDMNなどの自動的な情報処理プロセスの中に生きている。そして、このような「偏り」や「自動性」が絡み合うことで、精神疾患を生む要因の一部を構成していると推測される。

(※3) 例として、ある会社に商談のアポを持ちかけたことが一度断られただけで、「あの会社は絶対にアポの取れない会社だ」と極端に考えてしまうこと。こうした過度の一般化は、「どうせ自分はいつも上手くいかない」といったように、自分に対して向けられることもある。
(※4) NHK健康ch https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_207.html
(※5) 次頁で述べる認知療法において問題とする自動思考の特徴は次の通り―「客観的な正当性に欠ける」「無批判的に信じ込むと感情や行動の制御ができなくなる」 また、自動思考の例には次のようなものがある―「成績が落ちたら自分には生きている価値がない」「自分は誰とも仲良くなれない」「うまくプレゼンできなかったら会社をクビになる」(臨床心理学用語事典)
(※6) 心理学やその他の関連分野で使用される「Cognition(認識)」という言葉・概念は、場合によって「認知」という訳語が相応しい場合がある。心理学では、認識とは心的な過程のひとつで、外界から得た情報が意味づけされた上で意識に上ることをいう。ここで、外界からの情報が知覚である。これは、身体からの信号である感覚をもとに構成されたものとなる。ここで、知覚していることは必ずしも認識していることを意味しない。いわゆる、「見ている」と「見えている」の違いである。(「心理学における認識」Wikipedia)
(※7) マインドワンダリング(Mind Wandering)という。心(Mind)が「今この瞬間」に起こっていることに注意を向けないで、目の前の課題とは全く関係のないことを考えてさまよう(Wandering)状態のこと。
(※8) Raichle, M. E.; MacLeod, A. M.; Snyder, A. Z.; Powers, W. J.; Gusnard, D. A.; Shulman, G. L. (2001). "Inaugural Article: A default mode of brain function". Proceedings of the National Academy of Sciences. 98 (2): 676–82.
(※9) John Graner, Neuroimaging Department, National Intrepid Center of Excellence, Walter Reed National Military Medical Center, 8901 Wisconsin Avenue, Bethesda, MD 20889, USA.
(※10) 社団法人 認知症高齢者研究所http://www.kyomation.com/2018/03/28/science-park★デフォルト・モード・ネットワークと認知/

2.2 認識に対する客観

前述のうつ病のような精神疾患に有効なテクニックの例として、認知療法(※11)における、自己を客観視するための「メタ認知」というテクニックがある。これは、アメリカの心理学者ジョン・H・フラベルが1970年代に定義し広めたもので、「自己の認知活動(知覚、情動、記憶、思考など)を客観的に捉え、評価した上で制御すること」を意味する。

同じ認知療法の中で提唱されているのが「マインドフルネス」と呼ばれる瞑想法である。

「マインドフルネス認知療法」では、心に浮かぶ思考や感情に従って価値判断をするのではなく、ただ思考が湧いたことを一歩離れて客観的に観察する(意図的に介入する)。それによって、否定的な(偏った)考えや行動を繰り返すことを制止し、うつ病の再発を防ぐこと等を目指すもの(※12)である。

Report002では、マインドフルネスによってもたらされる心理的な変化について概観した。


例えば、マインドフルネスの心理的なメカニズムで見られる「脱中心化」とは、自己と体験とを同一化させない「一歩引いた(客観的な)」関わり方のこと(※13)であり、「感情・情動調整」とは、感情や思考などに対して選り好みせず、一定の心的距離を置いて(客観的に)眺めることで、感情の修正と安定化が促進されること(※14)である。また、「自己概念の変化」とは、“自分はこういう人間だ”という固定観念を解除して、“自分と世界は変わり得る”という「プロセスとしての自分」に気づき、自己や体験、出来事の(客観的な)観察が可能になることで、自己概念が変化していくことである。

以上のことから、認識における「偏り」や「自動性」に起因する諸問題を解決する共通のキーワードとして、“客観性”というものが見えてくる。この客観性とは、極端な「偏り」を修正し、また「自動性」という無意識に対し、意識的、意図的に介入するものとして捉えることができる。

認識による問題と客観による解決の間には、このような対称性を見ることができる。従って、認知療法におけるメタ認知やマインドフルネス等が扱う客観性は、認知(認識)を修正する手段として妥当であると判断できる。

(※11) 認知療法・認知行動療法では、前頁の「自動思考」、すなわち様々な状況でその時々に自動的に沸き起こってくる思考やイメージに焦点を当てて治療を進めていく。
(※12)「マインドフルネス認知療法」(Wikipedia)
(※13) 大谷彰:マインドフルネス入門講義
(※14) 大谷彰:マインドフルネス入門講義

3 瞑想者の脳活動と客観性

日常的にメディテーションを実践している人の脳は、この客観性に関わる脳領域が発達していることが、神経科学の実験で明らかになっている。

2005年にサラ・レーザーらが発表した論文『Meditation experience is associated with increased cortical thickness』によると、20人の瞑想の達人の脳をMRIで撮影した際に、前頭前野の「背内側前頭前野(DMPFC)」と、「島」の2カ所の組織が厚くなっていたことが明らかになった。(※15)

背内側前頭前野は、客観性を生み出す部位といわれている。島は、身体感覚を最後に統合する部位で、体の情報は脳の各部位で処理された後、島で統合される。島は扁桃体につながり、扁桃体は情動や感情を司っている。

東大医学部准教授の熊野宏昭氏の実験によると、パニック障害(※16)などの患者は、この脳の島と背内側前頭前野が委縮していることが判明している。

次の図において、(b)1の囲みが「島」、2の囲みが「背内側前頭前野」にあたる。(c)と(d)のグラフでは、青い点が瞑想者、赤い点が非瞑想者の値で、(c)は「島」の厚み、(d)は「背内側前頭前野」の厚みを示す。横軸は年齢、縦軸はそれぞれの厚みをミリメートル(mm)で表すが、非瞑想者と比べて、瞑想者のほうが年齢に関わらず、どちらも高い値に集中的に分布していることがわかる。


〔瞑想者と非瞑想者の脳内における背内側前頭前野と島の厚み〕(※17)

また、前述のDMNに関して、イェール大学のジャドソン・ブリューアーが2011年に発表した論文(※18)では、10年以上の瞑想経験がある人を対象にマインドフルネスのセッションを行ったときの脳活動を測定した結果、どのセッションにおいても、この客観性に関わる「背内側前頭前野」と、「後帯状皮質(自己へのとらわれに関わる)」の活動が変化していた。

これらの部位は、記憶や感情などに加え、DMNをコントロールする脳回路でもある。つまり、記憶や感情の暴走による認識の偏りや、DMNという自動性の制御に、客観性が関わっていることがわかる。

(※15) “Meditation experience is associated with increased cortical thickness” 2005/11/28 Sara W. Lazar; Catherine E. Kerr; Rachel H. Wasserman; Jeremy R. Gray; Douglas N. Greve; Michael T. Treadway; Metta McGarvey; Brian T. Quinn; Jeffery A. Dusek; Herbert Benson; Scott L. Rauch; Christopher I. Moore; Bruce Fischl
(※16) 特に身体の病気がないのに動悸、窒息感、自分の死に対する恐怖感など複数の反応が突発的に生じる心理障害。(臨床心理学用語事典)
(※17) https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1361002/figure/F1/?report=objectonly
(※18) Brewer, Judson A., et al. “Meditation experience is associated with differences in default mode network activity and connectivity.” Proceedings of the National Academy of Sciences 108.50 (2011): 20254-20259.

4 まとめ

人が認識するプロセスや脳神経回路の仕組みからは、認識の「偏り」や「自動性」という傾向を抽出することができ、これらが様々な精神疾患などを生む要因の一つになっていると推測できる。

この認識特有の問題にアプローチする鍵は「客観性」にあり、様々な論文からも、メディテーションが「客観性」を発達させ、それが情動や感情、囚われなどのコントロールに関与していることがわかる。

客観的な介入により、認識の自動的な偏りをバランス化するものとして、メディテーションの一側面を定義するとき、昨今臨床の現場でこのメディテーションが多く取り入れられている根拠を、その特質に見ることができる。

5 次回のテーマ

次回は、d.M Workshop参加者のアンケート解析結果から、d.M Workshopに参加する回数が増えるほど、客観的な観察ができているというデータをもとに、d.Mにおいて客観性を高める要因となり得るものを抽出し、その根拠と有効性について考察する。


d.M Weekly Lab Report 013

メディテーションを行う最適な環境Ⅲ

集団で行うことの量子論的考察

Reporting Member

浅子雄一郎

概要

七沢研究所が開発したデジタル・メディテーション(d.M)は、日本古来の瞑想法を最新のデジタルテクノロジーによって進化させた、全く新しいメディテーションです。七沢研究所では、誰でも簡単に瞑想の状態に入れる技術の開発を目指し、研究しています。前回のレポートでは、d.M Workshop参加者のアンケートデータ解析結果から、メディテーションに影響を与える環境因子-「身体」にクローズアップし、身体とメディテーションの関係について洞察を深めました。


今回のテーマは、もう一つの環境因子-「メディテーション環境(※1)」です。「一人で行うより深いd.Mだった」「みんなとやると集中できる」といった回答が参加者のアンケートで多く見られたことから、ここでメディテーションに影響を与える「集団」について考察します。

(※1) d.M Workshop参加者のアンケートデータ解析による「一人で行うより集中できた」といった感想群より。メディテーション環境を構成する要素としては、「会場で流されているロゴストロン周波数を含んだ音源(SIZIMA)」や、「ロゴストロン大型本体機から発振される言霊周波数の影響」「他の参加者とともに行うことによるエネルギーの共振増幅」のほか、温度や湿度など、各要素に関する検証が必要となる。(Report011参照)


1 集団と波の関係

1.1 振動する人間

物質を形づくっている原子、電子、中性子、陽子をはじめ、光子、ニュートリノ、クォークといった極小の単位を扱う量子論では、それらが「波」のように振る舞う(※2)ことが確認されています。「波」が発生するということは、原子や素粒子が、すべて「振動」していることを意味します。

そして生物学上の最小単位は「細胞」ですが、細胞もまた振動しています。(※3)

つまり、原子や細胞から成る人間もまた、例外なく振動しているのです。

(※2) 正確には、粒子と波動の二重性を示す。1924年、 ルイ・ド・ブロイは、全ての物質が波動的性質を示すことがあり、その逆で波も粒子の性質を示すことがあるとする物質波の理論を発表した。(L. de Broglie: „Recherches sur la théorie des Quanta“, Doktorarbeit.)
そのほか、1961年 テュービンゲン大学のクラウス・イェンソンによる二重スリット実験など。(Jönsson C, Zeitschrift für Physik, 161:454 / Jönsson C (1974). Electron diffraction at multiple slits. American Journal of Physics, 4:4-11.)
(※3) 細胞は分子からできており、分子は原子から構成されている。

1.2 物理学における波

物理学の法則によると、「波」のエネルギーは、その振幅の2乗に比例して大きくなります。例えば、3人の人が湖に順番に飛び込むとき、1人が飛び込むたびに湖面に波が広がり、それはやがて減衰し消えていきます。ここで、3人が同時に湖に飛び込むと、1人で飛び込むときとは違った、一つの大きな波を形成します。

このとき、波の高さは3倍になり、波の強さ(波が伝わっていく範囲)は、3の2乗の9倍になる、という計算になります。(右図※4)

1.3 メディテーションの波及作用

「一人で行うよりも集団でd.Mを行うほうが集中できる」という参加者の声は、LOGOSOUND(※5)_SIZIMA(※6)(ロゴサウンド五行響(しじま))の周波数や、この音響効果による脳波等、参加者が同じような「波」を共有することで、一斉に湖に飛び込んだときのような波が起きることによるものと推測されます。

実際に、集団で瞑想することを推奨する瞑想法は多く、この「波」の性質に注目した実験では、ある都市の人口の1%の人たちがメディテーションを行うことで、その都市の犯罪率が他の都市と比べて有意に減少したという結果(※7)が報告されています。

この研究では、アメリカの全国の人口10万人以上の都市地域から206の地域をサンプルして調査、2002~2006年の期間と、メディテーションを介入させた2007~2010年の期間で比較が行われました。

統計分析の結果、メディテーションをするグループの参加人数が、否定的傾向の減少をもたらすと予測された閾値(人口のルート1%)を上回った2007~2010年の期間は、2002~2006年と比較して、殺人発生率は21.2%(年率5.3%)減少し、暴力犯罪発生率は18.5%(年率4.6%)減少していたことが明らかになっています。

ロゴストロン周波数(※8)をはじめ、メディテーションに適した環境に整えるテクノロジー(=メディテーションテクノロジー(M.T))を展開するd.Mは、この「周波数」という「波」を採用している点が、他の瞑想法と比べて、個々の参加者のメディテーションを深めるだけでなく、場全体の振動の共振を促進し、さらに高い波及作用を及ぼしていることが推測されます。

このように、一人でメディテーションをするよりも他の参加者とともに行うことで、その深さや体感に違いが出ることは、人が振動しているという事実と、その振動で起きる「波」によって説明が可能です。集団で行うことそのものが、メディテーションしやすい環境づくりに寄与すると考えられます。

(※5) ロゴストロン周波数を幾重にも重ねることで完成した音で、ダイレクトに人の体に振動として伝わる。
(※6) 通奏低音として使用されるLOGOSOUNDの基本振動。
(※7)『SAGE Open』 2016年4月号(第6巻第2号)
(※8) ロゴストロン周波数発振モジュールは、日本語の各父韻、母音に割り当てられた小数点二桁のロゴストロン周波数を正確に発信するために、2010 年以来、開発が続けられている。具体的な数値が決まった一定の周波数ではなく、父韻の周波数と母音の周波数が、言語プログラムによってその都度、プログラムされながら発信される仕組みになっている。

2 集団が量子に与える影響

2.1 乱数発生器による事例

次に、集団(人間の意識)が、量子に与える影響について考察します。

プリンストン大学工学部のロバート・ジャンは、「ランダム事象生成装置(REG)」という、乱数発生器Psyleronを製造しました。この装置は、量子(素粒子)を利用して、電子的な雑音を0と1の数字に変換するものです。

0と1が出る確率はそれぞれ2分の1で、通常の状況下において、0と1は一定の頻度で出現します。これは、装置の内部で素粒子を壁に衝突させると、通常は、はね返る粒子と壁をすり抜けるものとが、同じ頻度で発生するという現象によります。


〔乱数発生器〕(※9)

〔0,1の出現根拠となる素粒子の振る舞い〕 (※10)

ところが、ある特別な状況下では、その0と1の出現頻度が一定ではなくなります。その「特別な状況」とは、「人々の感情が大きく動かされる大きな事件などが起きたとき」です。

この「0」と「1」の発生頻度が、人間の意識の影響を受けて変化しうることが確認できた大きな出来事は、2001.9.11.にアメリカで起きた同時多発テロ事件でした。この事件発生直後から、世界に分散配置されていたランダム事象生成装置の集計データの「0と1の発生比率が大きく逸脱」したのです。

これについて、6人の統計学者がそれぞれ独自に解析を行い、次のような一致した結論が得られました。

・すべての乱数発生器を見ても、その年の中で、その日がもっとも変動率が高かった。

・変動がテロの時刻から極端にプラス方向に振れ、その後マイナス方向に落ち込んだ。この変動は、標準偏差の6.5倍にも及んだ。

・テロ時刻付近に移動平均のピークが観測され、通常の状況下でこのように観測される確率は、1000万分の1であった。

乱数発生器は、外部から人の意識などの影響を受けると0のみ、または1のみが発生する機器ですが、通常の状況下でこのようなことが偶発的に起こる確率は230万分の1とされています。9.11の事件発生と連動するように、この230万分の1の現象が確認されたことになります。

〔同時多発テロ発生時における乱数発生器のデータ逸脱の推移〕 (※11)

この図で、赤い線は乱数発生器の偏り、青い曲線は有意水準5%の範囲を表しています。青い線の内側は誤差の範囲であることを意味しますが、事件発生直後から、この青い曲線を逸脱するような乱数発生器の偏りが見られます。

しかし、これは前代未聞の有事下において爆発的に使用頻度の上がった、電話やインターネットなどの影響を受けていた可能性があるとの見解から、そのような影響を受けない形での実験がアメリカで行われました。

2.2 バーニングマン実験

前述のデータに関心を持ったノエティック科学研究所の超心理学ディーン・レイディン博士は、ネバダ州の砂漠の真ん中で行われる「多くの人が参加して巨大な人形を燃やす」バーニングマンというイベント(※12)で実験を行いました。

この実験では、会場に集まっている7万人の意識が極度に集中すると、乱数発生器のデータに変化が現れるのではないか、という仮説のもと、会場には電話やインターネットの影響を受けないようにシールドされた乱数発生器が6台分散して配置されました。

このイベントのクライマックスには、7万人の人々の中央に設置された巨人に火が放たれ、燃え盛ります。

観衆が、燃え盛る巨人を見て興奮したその瞬間、想定した通り、乱数発生器が示すデータが大きく変動しました。つまりここでも、230万分の1の確率で起こるはずの大きな偏り(=1のみの発生が集中)が現れたことは、7万人の集積(として「集合意識」とも推測できるようなもの)が大きな変化を引き起こしたことを裏付けるデータとして捉えることができます。

2.3 世界同時瞑想と祈りの実験

極端な人々の意識の偏りが(乱数発生器の)量子に影響を与えた事例と実験について見てきましたが、人々が平安な意識を同時に働かせたことを示す実験もあります。

2007年5月20日、日本、インド、ヨーロッパ、アメリカ合衆国のスピリチュアルな団体によって、ともに世界平和を祈る「グローバルピースメディテーション&プレヤーデー」が開催されました。これは、文化も伝統も異なる人々が、世界平和という唯一の目的のために、各地でともに瞑想と祈りを行なった、世界で初めての行事です。

世界中で100万人もの人々が参加したといわれるこのイベントの当日、元プリンストン大学教授のロジャー・ネルソン教授の指導の下、乱数発生器による実験が行われましたが、100万人の人々が祈っている時間帯に、やはりデータの変化が見られました。

〔実際のバーニングマン実験〕(※13)

〔グローバルピースメディテーション&プレヤーデー〕 (※14)

(※12) アメリカのネバダ州で毎年開かれるもの。数万人の参加者たちが砂漠に臨時の街をつくり、一週間の共同生活を送る。その中で多種多様な活動を繰り広げたあと、最後にその街のシンボルである巨大な人形を燃やしてイベントを終える。

2.4 乱数発生器の今

1999年から始まったこの乱数発生器を使った観測は全世界に広がり、その設置箇所は100箇所以上になっています。この観測実験は「世界意識プロジェクト」と呼ばれ、日本では明治大学が参加しています。

現在は、世界100箇所以上の乱数発生器のデータは一箇所に蓄積され、リアルタイムで見ることができ、またそれをダウンロードして分析することも可能になっています。

これまでに408個以上のイベントが分析され、それらのほぼ全てにおいて、前述のような現象が確認されています。

このように、集団で同時に何かを行うことが量子の振る舞いに影響を与えるとすれば、集団でのメディテーションによって各人の量子の振る舞いが変化することで、それが一人で行うものとは違う感覚を引き起こす、といった説明が可能になります。

3 体験談

▶ みんなですると、やっぱり入り方がちがうと思います。

▶ 自宅で一人でやっている時と、d.Mに参加する時では祓い鎮魂をする時の集中度が全く違いました。

▶ 一人でやるのに比べ、深さが段違いになった。

▶ 一人でするよりかなり体感がありました。

▶ やはり一人とは違う、みんなでするのはパワーを感じます。

▶ 複数の人で行うd.Mは、一人でする時と意識が変わって、違う感覚になれるので、とても参加する価値があります。

▶ 一人でやっているときは得られなかった体感があった。より祓われ、鎮魂された感覚。頭(脳)がすっきり。

4 まとめ

人数の違いによるメディテーションの体感の変化について考察するとき、量子論は様々なヒントをもたらします。今回は、集団で行うことで「波及の作用」と、「量子の変化」が起こる可能性について推論しました。

d.M Labでは、複数人で行うd.Mを推奨する立場を取りながら、今後もメディテーションを行う最適な環境について、考察と検証を進めてまいります。


d.M Weekly Lab Report 012

メディテーションを行う最適な環境Ⅱ

ファスティングとヨーガ

Reporting Member

浅子雄一郎

概要

七沢研究所が開発したデジタル・メディテーション(d.M)は、日本古来の瞑想法を最新のデジタルテクノロジーによって進化させた、全く新しいメディテーションです。七沢研究所では、誰でも簡単に瞑想状態に入れるようサポートする技術を研究開発しています。前回のレポートでは、d.M Workshop参加者のアンケートデータ解析結果から、メディテーションに影響を与える2つの環境因子として「身体環境(※1)」と「メディテーション環境(※2)」を抽出、それぞれについて概観しました。

本レポートでは、「身体環境」にクローズアップし、身体とメディテーションの関係についてさらなる洞察を深めます。

(※1) 一人ひとりが異なった身体の状態という環境を有しており、それがd.Mにおける集中や体感の度合いと相関関係を持っているというd.M Workshop参加者のアンケートデータ解析結果より(Report011参照)


(※2) d.M Workshop参加者のアンケートデータ解析による「一人で行うより集中できた」といった感想群より。メディテーション環境を構成する要素としては、「会場で流されているロゴストロン周波数を含んだ音源(SIZIMA)」や、「ロゴストロン大型本体機から発振される言霊周波数の影響」と、「他の参加者とともに行うことによるエネルギーの共振増幅」のほか、温度や湿度など、各要素に関する検証が必要となる。(Report011参照)

1 ファスティングと身体環境

健康を維持するためには、とくに「食事」「睡眠」「運動」が大切であると言われています。昨今流行している「ファスティング(※3)」は、「食事」のケアにあたるものです。ファスティングでは、一般に水だけを摂取して行う「断食」とは違い、糖質やビタミン、ミネラル、アミノ酸などの栄養素を補給しつつ、内臓への負担を取り除きながら、消化吸収や解毒・排毒などの機能向上をはかる形で身体機能の回復を目指し、人間が本来持っている自然治癒力を高めます。

「免疫システムの再生」や、2016年にノーベル生理学賞を受賞した「オートファジー(※4)」など、医学や生物学を中心に、医療、教育、スポーツ、美容といったあらゆる分野で、その効能が明らかになっています。

例えば、ファスティングによって体内の栄養がなくなったとき、体が古くなったタンパク質を分解して再利用し、もっと大切なタンパク質を作り始める機能は「オートファジー」として解明され、これが肌の再生を促し、綺麗な皮膚をつくることが分かっています。

また、一般のファスティング体験者の感想において、ファスティングをすると身体の感覚や五感が研ぎ澄まされる(自分の状態や周囲の状況がクリアに把握できる)という声が多く聞かれますが、これはメディテーションの見地からも注目に値します。

最近では、プロ野球選手に、試合で大切になる五感を磨く等の目的で、ファスティングが実践されている例もあります。また、断食は、宗教の修行にも用いられますが、これは身体の感覚だけでなく、霊的な感覚が冴えたり、意識の変容が促されたりするという効果を目的としたものと推測されます。

ファスティングがメディテーションの深さや体感に与える影響の詳細については、具体的な臨床データが待たれるところですが、

ファスティングによって身体機能を調整し、回復させた体験者の「身体の感覚や五感が研ぎ澄まされる」という実感と、身体環境が整うことにより集中や客観視ができるようになるといったd.M中の体感(※5)から、身体環境が知覚(※6)や意識(メディテーションに関連した領域)と、互いに関係性をもっていることが推論できます。

多くのファスティング体験者

「身体の感覚や五感が研ぎ澄まされる」

≒(身体環境と知覚や意識の関連性において)

d.M中の体感

「身体環境が整うことにより集中や客観視ができるようになる」

(※3) 分子整合医学をベースに作られた、体に必要な栄養素と最低限のエネルギーを摂取し、体内のバランスを改善しながら行う健康法。分子整合医学は、1954年にノーベル化学賞、1963年にノーベル平和賞を受賞した生化学者ライナス・ポーリング博士(スタンフォード大学、量子科学者、生化学者、分子生物学者)によって1950年代から研究された栄養学。ポーリング博士は栄養素の過不足と疾患の関連性や、人体のしくみを分子レベルで研究、身体に必要な栄養素の働き、栄養素の体内メカニズムなどをまとめた。分子整合医学は、細胞から必要でないもの(異物)を失くし、細胞へ必要なもの(栄養素)を供給することによって自然治癒力を向上させようとする方法をとる。断食と同様、通常医師や専門家が見守る中で行われることが望ましい。
(※4) 「オートファジー (Autophagy) は、細胞が持っている、細胞内のタンパク質を分解するための仕組みの一つ。自食(じしょく)とも呼ばれる。
オートファジーが起きると、細胞内に常に存在しているタンパク質の一部が分解されて、ペプチドやアミノ酸が生成され、それが細胞の生命活動にとって、より重要性の高いタンパク質を合成する材料に充てられると考えられている。この機構は動物の個体レベルにおいても観察され、例えばマウスを一晩絶食させることで、肝細胞でオートファジーが起きることが知られている。」 Mechanisms for autophagy: 2016 Nobel Prize in Physiology or Medicine.
(※5) Report011参照
(※6) 心理学における認識過程から。外界からの情報を感覚を通して知覚し、意味づけされたうえで意識に上る認識という過程を経る。

2 ヨーガと身体環境

2.1 ヨーガの意味

次に、もう一つの客観的な見地として、身体環境がメディテーションに影響を与える構図を「ヨーガ(※7)」に求め、以下、ヨーガの意味と歴史を概観しながら、メディテーションと身体環境の関係性について明らかにしていきます。

「ヨーガ」とは、サンスクリット語で「牛馬にくびきをつけて車につなぐ」「結びつける」という意味です。「牛馬」とは、”移ろいやすくコントロールのきかない心や思考(マインド)”の例えとして解釈されていますが、このようにヨーガとは、牛馬を制するように心身を制御することを目的として行われるものです。

4〜5世紀頃にまとめられたと伝わるヨーガの経典『ヨーガ・スートラ(※8)』には、「ヨーガとは心素のはたらきを止滅することである。」(ヨーガ・スートラ第1章第2節)と説かれています。

「心素」とは、“チッタ”というサンスクリット語の訳語で、内的心理器官とよばれるもののうち、記憶を司る心の臓器(意識の作用)のことと解釈されています。つまり、心身を統制することによって、このチッタの作用(※9)を止滅することがヨーガの意味であり、目的ということになります。

(※7) 日本では一般に「ヨガ」という名で知られているが、サンスクリット語では「यो」(ヨー)の字は常に長母音なので「ヨーガ」と発音される。今日の身体的ポーズ(アーサナ)に重点を置いた動的な「ヨガ」と区別しながらその歴史を概観するため、本レポートでは以下「ヨーガ」と呼称する。
(※8) パタンジャリによって編纂された、ヨーガについての重要文献。「ラージャ・ヨーガ」実践の指南書として、また心身の調和と健康の増進を目的としたヨーガ・ムーヴメントの哲学的根拠として、世界的にヨーガの根本経典とされている。
(※9) 例として、記憶が喚起する無意識的な心の動きや思考の発動など。

2.2 ヨーガとメディテーション

それでは、どのようにして「チッタの作用」は止滅されるのでしょうか。現代で「ヨガ」といえば、様々なポーズ(アーサナ)をとる動的なイメージがありますが、『ヨーガ・スートラ 』におけるヨーガでは、「ラージャ・ヨーガ」として、その心理的・静的な行法が説かれています。

「ラージャ・ヨーガ」の内容は以下のアシュタンガ(※10)=八支則(はっしそく)(下記表※11)の段階から成り、これらは、以後も様々なヨーガの根底に流れている考え方であるとされています。

1.「ヤーマ」と2.「ニヤーマ」は、日常生活における規範、または規律と考えられますが、ヤーマは粗雑で荒々しい感覚を心身に生んでしまう要因を避けるものとして、また逆にニヤーマは、心身を繊細な感覚に開く要素として、捉えることができます。

神道的な立場では、日本の宮中や神社で日常的に行われている大祓の中で人のあらゆる罪穢れを列挙することや、そのような祝詞によって心身を祓い清める機能的な位置づけとして、この「ヤーマ」と「ニヤーマ」の意味を推測することができます。

3.「アーサナ」とは、現代の動的なヨーガでは様々な「ポーズ」の意で使われていますが、

元々は「メディテーションのための姿勢」を表すものであり、これが後に、座れる身体をつくることやメディテーションを阻害する心身の滞りを解消するものとして、様々なヨーガのポーズ(アーサナ)が展開、「ハタ・ヨーガ(※12)」として発展していったことが推測されます。

これら1.〜3.と、4.「プラーナヤーマ」という呼吸法に、メディテーションのための心身の状態を整える流れを見ることができ、つづく5.「プラティヤーハーラ」 6.「ダーラナ」 7.「ディヤーナ(※13)」 8.「サマーディ(※14)」には、現代の主流なメディテーションに通ずる要素をそれぞれ確認することができます。


このように、ヨーガとメディテーションは、現代におけるヨーガと同様、古くから一つの連続性(以下シークエンス)をもって存在しており、このヨーガ全体における「制御」を通して、本来の自分自身に「結びつける」ものとして機能していたようです。そして、このシークエンスを詳細に観察するとき、それらは「メディテーションしやすい状態を整えることをゴールとした階梯」になっていることがわかります。

メディテーションを行うために「浄化と統制」を通して自身の在り方を整える過程には、当時から身体や心の状態がメディテーションに影響するという視座を持っていたと推測することができ、「身体環境」とは、このような心と身体の在り様を含むものであることが、あらためて理解できます。

その後に発展した「ハタ・ヨーガ」におけるアーサナ(姿勢)、プラーナヤーマ(呼吸法)、ムドラー(印・手印や象徴的な体位)、クリヤー/シャットカルマ(浄化法)、バンダ(制御・締め付け)などの肉体的な操作にも、より良いメディテーションのために身体環境を整える、という意図を見ることができます。

d.M Workshopでも、「プレメディテーション」や「グランドメディテーション」がメディテーションにふさわしい心身を形成するものとして機能していることが考えられ、これらを行うことによって、その後のd.Mにおける鎮魂(※15)の体感が変わるという体験談が多く寄せられています。


(※10) サンスクリット語で「八本の枝(八支則)」(アシュト/Ashto=八、アンガ/anga=枝)という意味を持つ。
(※11)参考:Yoga Niketan Japan https://www.yoganiketan.jp/rajayoga.html
(※12) 12世紀-13世紀に出現した、タントラ的な身体観を基礎とした動的なヨーガ。内容としては印相(ムドラー)や調気法(プラーナーヤーマ)などを重視し、超能力や三昧を追求する傾向もあった。1990年代後半から、身体的ポーズ(アーサナ)に重点を置いたヨーガがアメリカ、イギリスなどの英語圏を中心に世界的に流行しており、現代では一般に“ヨーガ(ヨガ)”または“ハタ・ヨーガ“と呼ばれるものの多くはこのヨーガを指すが、この12世紀~13世紀に興った伝統的な「ハタ・ヨーガ」の流れとは別である。(Wikipedia)
(※13) 仏教がヨーガを行法として取り入れ、中国や日本に伝わった際に坐禅が生まれたが、「禅」の語源の一つは、このサンスクリット語の “dhyāna (ディヤーナ)”の音写、「禅那(ぜんな)」の略である。
(※14) 一説に「記憶の働きの止滅」。この記憶次元の自己統御は、記憶を想起させないd.Mのメカニズム(d.M Labo Livehttps://www.youtube.com/watch?v=UCHSAqZ-G04参照)とも相似するものがある。
(※15) 平安の時代から続く公家に伝わる作法であり、日本古来のメディテーション。d.Mにおいては、このメディテーションをサポートする音(LOGOSOUND)を聞きながら、「黒点(鎮魂石)」を眺める。

3 体験談

▶ グランドメディテーションとプレメディテーションの後での鎮魂は、体が整っていて、今までで一番集中できました。

▶ プレメディテーション、グランドメディテーションの後に鎮魂すると、スッと入っていけました。

▶ プレ→グランドと体の階層を整えてから鎮魂することで自分の中に静けさが宿り、エネルギーも通っていて意識も整えやすかった。

▶ プレメディテーションとグランドメディテーションを行った後、体の鎮魂がされたような体感がありました。

▶ プレメディテーション後、祓いを唱えた時、いつもと同じように音を発したはずなのに声のトーンと大きさがいつもと違い、すきとおってる感じだった。

▶ プレメディテーションとグランドメディテーションを取り入れることでより深い鎮魂ができるようになりました。

▶ プレメディテーション、グランドメディテーションをやるだけで、体にうっ滞が出てきた。

▶ 初のプレメディテーション、グランドメディテーション参加でした。この2つをやってから行う鎮魂は今までにないものでした。(初めて眠くなりませんでした!!)

4 まとめ

ヨーガの歴史を紐解くことで、メディテーションのための在り方や身体環境を整えるものは、メディテーションと元々一つのものとして、古くから存在していたことがわかります。そこには、まず心身という比較的捉えやすい範囲から統制していき、整った状態を作りながら、繊細なメディテーションへと至っていく過程を見ることができます。

日常生活では、このメディテーションのための最適な身体環境をつくるために、ファスティングや、d.Mにおける「プレメディテーション」「グランドメディテーション」を有効に使うことができます。

そして、この一連のシークエンスは、歴史的な見地から見ても適切であり、体験者の声はその適切さを裏付けているものと考えられます。

d.M Weekly Lab Report 011

メディテーションを行う最適な環境Ⅰ

d.M Workshopアンケートデータ解析結果より

Reporting Member

浅子雄一郎 七沢智樹

概要

七沢研究所が開発したデジタル・メディテーション(d.M)は、日本古来の瞑想法を最新のデジタルテクノロジーによって進化させた、全く新しいメディテーションです。七沢研究所では、誰でも簡単に瞑想の状態に入れることを目指し、研究しています。前回のレポートでは、メディテーション・テクノロジー2として、SIZIMA再生時の皮膚を通した振動の伝達メカニズムについて論説しました。

本レポートでは、d.M Workshop参加者のアンケートデータ解析結果をもとに、メディテーションに影響を与える要因を「環境」と定義し、その影響について論じます。

1 メディテーションと環境

1.1. 環境の重要性について

d.M Labo Report008<d.Mにおけるメディテーション・テクノロジーⅠ>では、メディテーションを行う「環境」について言及しました。一般的にメディテーションには、「静かで、落ち着いていて、エネルギーの高い場所がふさわしいとされています。(d.M Labo Report008より引用)」 七沢研究所では、この時間や空間に影響されずにメディテーションができる最適な場を作るべく、研究開発しています。

では、メディテーションを行う際に、なぜ「環境」が大切なのでしょうか。

現在、d.M Laboでは、d.M Workshop参加者の感想の分析を進めています。中間結果として、「環境」がメディテーションにおいて重要なファクターとなっていることが、改めて明らかになってきました。それは同時に、私たちが普段身を置いている「環境」が、意識や心、行動に影響を与えている、という事実を想起させます。

1.2. “環境の子”としての人間

17世紀の科学者ホイヘンスの発見に端を発した「メトロノームの法則」という現象があります。これは、台の上に置かれた複数個のメトロノームを異なるタイミングで始動させ、台を一定の周期で左右に揺らし続けると、最初はバラバラに拍を刻んでいるメトロノームの中から、徐々に同じ動きをするものが現れ、その数が次第に増していき、最終的にはすべてのメトロノームが全く同じ動きをするという、同期的な現象が起こるものです。詳細な原理については割愛しますが、この不思議な現象では、台が同期的な「環境」を生む要因として機能しています。

このような科学的事例を持ち出すまでもなく、私たちの身近な例では、怒っている人のそばにいて気分が悪くなったり、普段付き合う人と口癖や思考パターンが似てくることがあります。また、一緒に時間を過ごすことの多い5人の考え方や年収の平均的特性を調べると、自分の考え方や収入とほとんど同じであるという説まで存在します。

また、私たちが自然から発せられる様々な「周波数」に影響を受けていることはReport008で論説した通りです。(地球における7.8Hzの固有振動数"シューマン波"の周波数と人間の脳波が、長い歴史の中で連動するようになった事例と、ドイツのバウビオロギーの考え方による事例)

イギリスの実業家、ロバート・オウエンも「人間は環境の子である」という言葉を残しているように、“環境の子”である私たちが行うメディテーションにも、環境が少なからず影響を与えるということは想像に難くありません。

2. d.M Workshopアンケート解析結果

2.1. 2つの感想分析が導く2つの「環境」

今回のd.M Workshopの感想分析では、d.M Workshopに2017年5月10日~2018年6月9日の期間に参加した、延べ1514人からのアンケートを対象とし、文章単位で3490の感想を抽出、ここに2つの分析方法を採用しています。

まず「回数分析」では、感想を49種類のカテゴリに振り分け、回数ごとにそれらの数を算出、これを動的に追うことで、参加回数によって感想がどのように変化していくのかを観察します。

もう一つの「言葉別解析」は、参加者の感想における特定の言葉の使用数を数え、それらの言葉が使われている文脈を分析、参加者の関心領域からd.Mの特徴やそれを生む要因となっているものを、立体的に、精緻に捉えることを目的としたものです。

この2つの分析から、主に2つの「環境」が、メディテーションに影響を与えている様子が観察されました。

2.2. 環境因子1-身体環境

まず回数分析では、「身体にポジティブな変化があった」という種類の感想が、参加回数を追うごとに有意に減少していますが、この推移では、「参加回数を重ねるほど身体にまつわる何らかの問題が解消されてきている(または気にならない程度まで落ち着いている)」ことが考えられます。同時に、「体感などよくわからなかった」値が、回数を重ねるごとに減少。また、これらと反比例する形で、「集中できた」値と「(自分や雑念を)客観視できた」値が、回数を重ねるごとに増加していることが確認できます(グラフ参照)。

ここに、身体の物質的、またはエネルギー的な鬱滞や詰まりという、“メディテーションの体感を阻害する要因” の解消度は、d.Mにおける集中や客観視の体感や満足感と相関関係にあることが推測されます。言い換えれば、私たち一人ひとりが有している「身体」という「環境」の状態が、メディテーションに影響を与えていると解釈できます。

メディテーションに影響を与える「環境」としての「身体」を、本レポートでは、メディテーションにおける「身体環境」と定義します。

d.M Workshopでも、身体を動かすプレメディテーションや、床に仰向けになって行うグランドメディテーションで、直接的に身体(または心身のリラックス)に働きかけ、メディテーションをするための「身体環境」を整えています。

2.3. 環境因子2-メディテーション環境

次に「言葉別解析」では、参加者の感想で最も出現頻度の高い上位3つの言葉として「体感(214回)」「集中(177回)」「雑念(153回)」を算出、これらを含む最も多い感想のカテゴリーとして、それぞれ「一人でやるものとは全然違う体感」「一人で祓い鎮魂をしている時より集中できた」「一人で行うと雑念があるが、d.Mでは無心になれる」という感想群が抽出されました。

つまり、参加者の中で最も関心の高い「体感」や「集中」を高める、または「雑念」を減少させる要因として、「d.M Workshopの会場で他の参加者とともに行う」という要素が見えてきます。

[メディテーション環境の解析結果]

参加者の感想で最も出現頻度の高い上位3つの言葉


「体感(214回)集中(177回)雑念(153回)」

のいずれかを含む感想のうち、

最も多かったものは次の通り

「一人でやるものとは全然違う体感」

「一人で祓い鎮魂をしている時より集中できた」

「一人で行うと雑念があるが、

d.Mでは無心になれる」

一人ではなく集団で行うことの場の形成効果が見られる

この分析結果では、メディテーションに影響を与える要因として「会場で流されているロゴストロン周波数を含んだ音源(SIZIMA)」や、「ロゴストロン大型本体機から発振される言霊周波数の影響」と、「他の参加者とともに行うことによるエネルギーの共振増幅」など、各要素に関する検証が必要となってきますが、ここでもやはり「環境」が大きくメディテーションに影響していることが分かります。

これらの要素を「メディテーション環境」とし、「身体環境(メディテーションに影響を与える身体内外の環境)」と区別する形で、「メディテーション環境」と定義します。

3. まとめ

このように、d.M Workshop参加者の感想を分析するとき、メディテーションに影響を与える「環境要因」が浮き彫りになり、それらは「身体環境」と「メディテーション環境」の2つに紐解きが可能であるということが見えてきます。そして「メディテーションしやすい環境を提供する」という目的で開発された技術によって、“メディテーションの行い易さ”が再現可能なものであることを客観的に確認することができます。これにより、メディテーションは、集中力をはじめとする個人の能力によるものではなく、これら2つの「環境」を整えることによってこそ、最適化が図られるものである、という仮説を立てることも可能になります。

そしてd.M Workshopとは、プレメディテーションやグランドメディテーション、周波数を応用したデジタルテクノロジー(Report008参照)により、これら2つの「環境」を同時に整え、メディテーションを容易に最適化できる機能をもった稀有なプログラムと場を提供するものとして、その価値を評価することができます。

また、身体や精神的な鬱滞を解消し、メディテーション環境を整える技術が、どんな場所でも、また誰でも再現可能なものとして使用できることは注目に値します。つまりこれは、どのようなメディテーションをしているかにかかわらず、あらゆる瞑想法の実践者が、それぞれのメディテーションを最適に行うことをサポートする「環境」の提供= “メディテーション・インフラ” の整備が可能であることを示唆しており、今後においてその展開と役割が期待されるところです。

ここに、d.M Workshopが内包する最大の優位性として、瞑想法の垣根を超えたサポートができるという「公」の姿を予見し、感想分析の中間報告の結びとします。

→ あらゆる瞑想法の実践者が、それぞれのメディテーションを最適に行うことをサポートする「環境」の提供= “メディテーション・インフラ” の整備が可能であることを示唆し、今後においてその展開と役割が期待される


4. 次回のテーマ

次回は<メディテーションを行う最適な環境Ⅱ>と題し、「身体」にクローズアップして、この身体環境への洞察をさらに深めたいと思います。ヨガの意味や歴史、今話題のファスティング、d.M Workshopに参加された方の実際の体験談も交えながら、論説を試みる予定です。